自動車レースに出ることにした。
50代という年齢を考えれば、無謀と言われても仕方ない。反応速度は落ちている。頭も若い頃より固い。それでも、人生はあっという間に終わりがくるし、「今が一番若い」という言葉を言い訳にして、動くことにした。
きっかけは、ひとりのチャンピオンとの会話だった
もともとの計画は全然違うものだった。
Ducati 1098Sのレストアが終わったら、バイクでサーキットに戻る。それが2025年までの自分の目標だった。
あるイベントで知り合った藤田真哉さん(下の写真の一番右端の方)との会話が、それを変えた。コロナ禍の3年間、レース未経験でマニュアルトランスミッションに乗ったことがなかったののに、4輪レースに集中して取り組み、スーパー耐久のクラスシリーズチャンピオンになったという。

「自分は、どこまでできるのだろう。」
幼少期からずっと頭の片隅にあるこの問いが、頭をもたげたのでした。(同じような大人はたくさんいらっしゃいますよね)
お金の話を、正直にしておく
モータースポーツには、わかりやすい壁がある。費用だ。
スーパーカーを複数台所有するような方でも、「レースだけはやめておけ」と言うほどお金がかかる、という話を伺ったことがある。それは以前から気になっていた部分で、一般人には無理かもという思いの元でもあった。
なので今回の挑戦では、アフォーダブルであることを最重要条件に設定した。従来のレース挑戦費用と比べて、いかに安く、効率よく実践できるか。ケチケチ大作戦と言えるだろう。成功したら、フォーマットを中年の星として皆さんにご提供するので、応援していただけると嬉しいです。
藤田さん・伊藤さんに師事する
藤田さんに最短ルートを教えてもらいながら、50代でも登れるコースを一緒に考える。1年かけてどこまでいけるか、付き合ってもらうことになった。
途中から、藤田さんの師匠にあたる伊藤鷹志さん(株式会社RCIT)もチームに加わっていただけることになり、体制としてはかなり心強いものになりました。(まだ、この時点ではよくわかっておりません)
2025年3月11日、秋葉原で初顔合わせ
会合の場は、秋葉原のD.D.R AKIBA本店というレーシングシミュレーター専門店。後から調べると、2016年に行ったことがあるらしい。それぐらい、この世界から離れていた。家にあるシムもPS4まででした。

実は、その1週間前の3月5日に予定されていたものが、諸事情により延期になったのでした。当初はまっさらの状態で自分がどこまで出来るか試してみようと思っていたのですが、せっかく1週間時間ができたので、走らされるコースを「富士スピードウェイ」と推定してネットやGenAIを使って予習して行ったのです。*後日生成AIとコースを攻略した際の顛末をアップします。
そしてこの日、自分の中でひとつ決めていたことがありました。「箸にも棒にもかからないようであれば、このプロジェクトはその場で終了」と。今後も「アフォーダブルであること」「自分に対する認識の確定」が重要で、ダラダラと続ける意味はありませんので、「駄目と判れば、即終了」というのは心に留めておきたいと思います。
グレイフラッグ、という選択肢
この会合で紹介されたのが、GRAY FLAGという企画。


35歳以上の一般人を対象にオーディションを行い、マツダロードスター(NC)に乗ってもてぎでのマツダ耐久レース参戦を目指すプログラムでです。これは対象2店舗においてレーシングシミュレーターでそれぞれ上位10名の中から4名が選ばれるというものです。
オーディションで選ばれると、
SIMトレーニング優待・レーシングスーツ作成・もてぎ練習走行・カートトレーニング・本戦
と色々な経験を一気に積めます。これは渡りに舟ではありませんが、時間とお金が厳しい私には本当に参加できたらラッキーな企画です。そして、講師は伊藤さんです(顔写真入りですね)。まるで、台本ありのような企画ですが、たまたまです。
ということで、参加を表明し、シミュレーターへ。
最初のタイム計測
富士スピードウェイで走るものだと思い込んで予習していたのだが、GRAY FLAG参加のため、なんとこの日に走るコースは「モビリティリゾートもてぎ」。当然だと思いますが、まじですか。。。
予習という名の壮大な空振り
せっかく1週間かけて、YouTube見まくったり、ネットを調べたり、生成AIと纏めたりしたのですが、予習は全て無駄になりました。そして、ほんの少ししかコースに関する予備知識のない状態で、初めての機材です。全く自信がありません。
とりあえず、伊藤さんのアドバイスを受けながら、藤田さんを含むお二人の前で、MOTOGP(テレビ)で見たコースの記憶を頼りに、よろよろと走り出します。最初の1周目はコースを間違えてピットロードに入ろうとしてしまう始末。
なんとか、8周ぐらい走って2分38秒台でした。トップから10秒近く遅い。お二人からはお世辞20,000%で「最初としては上出来ですよ」とおっしゃっていただけましたが、ブレーキもまともに踏めない、シフトミスも多発、とっ散らかってばっかりという感想でした。
それでも、一旦2026年3月末のGRAY FLAGのタイム計測最終日まで頑張ってみることにしました。月末までに2回のコーチングを受け、タイムを上げてオーディションを通過する。それが当面のミッションになりました。
*実際には私の都合で、3月26日が最終日になるので、それまでにある程度のタイムを出しておく必要がありました。

この挑戦の、本当のゴール
参戦すること自体はゴールではない。
2年目があるかどうか、だ。
費用は現実的か。チームとの関係は持続できるか。やってよかったと思えるか。残り人生の短い大人のプロジェクトである以上、ダラダラと続けるわけにはいきません。他にやりたいこともたくさんありますし。費用・チーム・満足度——この3つが揃わなければ、1年で終わる。それだけのこと。
2年目があったとき、この挑戦は本物になる。
参考までに、このプロジェクトのレベル感がわかるよう、私のバックグラウンドを記しておきます。
自転車でのスピード狂時代を経て、16歳で二輪免許、20歳で四輪免許取得。リッターバイクやスポーツカーを趣味で乗ってきたが、レース経験はありません。PS2〜PS4(PS5は勝っていない)でグランツーリスモを楽しんでいた程度。
うまくいけば、モータースポーツの入り口が少し広がるかもしれない。それも、動いてみた理由のひとつです。
第2話予告
2年目があるかどうかの答えは、まず3月末のタイムアタックにかかっている。自主練の内容と結果は、第2話でレポートします。
GRAY FLAG挑戦記 第2話|自主練と、運命の3月26日
